OpenIFS利用者ワークショップ

投稿者: | 2015年6月29日

image

榎本です。2015年6月10日~12日に英国レディングにあるECMWFで開かれたOpenIFS利用者ワークショップに参加しました。日本からは,筑波大学及びオクスフォード大学の松枝未遠博士も参加されました。

ECMWFはヨーロッパ中期予報センター(European Centre for Medium-range Weather Forecasts)を表していて、ヨーロッパの気象庁のような予報現業機関です。日本の気象庁とは異なり,地球全体の数値天気予報に特化していて,予報期間としては,週間予報より長い期間を担当しています。それぞれの国々の予報は,ECMWFが作成した予報データを利用して各国の予報現業機関が行います。

ECMWFの数値予報モデルは,IFS(Integrated Forecast System, 統合予報システム)と呼ばれています。IFSには,観測データから初期値を作成するためのデータ同化なども含まれています。このIFSから数値予報モデルの部分を取り出して,教育研究用に簡素化したものがOpenIFSです。OpenIFS利用者ワークショップは,OpenIFSを用いた教育の事例紹介や研究成果の報告を行うとともに,OpenIFSや周辺ツールの使い方の講習を行うものです。

初日の冒頭に,研究部門長のErland KällénさんがOpenIFSを開発した背景について紹介してくれました。OpenIFSは,ECMWFで2名の専門職員を配置し2011年から開発が開始されました。コミュニティ領域モデルとして,ヨーロッパではHIRAM,アメリカを中心に世界的にWRFが使われていますが,Källénさんは大学に教授として在任中に,全球モデルにもコミュニティモデルがほしいと考え,ECMWFに移ってからそれを実践したとのことです。OpenIFSを教育研究に用れば,新たなアイディアを試す道具とすることができます。学部生のうちからOpenIFSに親しんでいれば,その中からECMWFに就職する学生も現れるかもしれません。2013年に最初のワークショップがヘルシンキで,2014年にストックホルムで開催され,今回が3回目のワークショップです。今回のテーマは,アンサンブル予報です。

初日は,他に基調講演として,予測可能性分野長のRoberto BuizzaさんがECMWFのアンサンブル予報やデータ同化について,前予測可能性分野長で,オクスフォード大学のTim Palmer教授が予測可能性と高解像度モデルにおける誤差についてのお話がありました。OpenIFSを用いた研究事例として,確率的パラメタリゼーションや1次元海洋モデルとの結合,非静力学方程式系を用いたモデルを念頭に半径を小さくしたり,深い大気を考えたりした研究が紹介されました。

実習では,まず2013年10月27〜28日にオランダに強風をもたらした低気圧(St Judes)の概況について説明を受けました。次にMetviewというECMWFの可視化ソフトウェアの使い方を習って,アンサンブル予報データを解析しました。

IMG_0169_1024

2日目は,まずOpenIFSのソースコードの構成やコンパイルの仕方,実行方法について説明がありました。ただし,全員が一斉にコンパイルすると時間がかるとのことで,すでにコンパイルされたバイナリを用いました。テキストに従ってECMWFのスーパーコンビュータにジョブを投入したところ,うまく動作しませんでした。既定では10日間の予報を行う設定になっているところ,実習では5日間の予報だったためでした。必要な修正をして,皆アンサンブル予報を実行することができました。アンサンブル予報といっても,各自が1メンバーのアンサンブル予報を行い,参加者全員でアンサンブルを構成しました。アンサンブルは初期値だけでなく,確率的パラメタリゼーションにより物理過程にも摂動を加えました。アンサンブルメンバーの番号は,配布されたアヒルのおもちゃの底に書かれた番号が割り当てられました。アヒルはECMWFのマスコットで,ECMWFの玄関前の水場には様々なアヒルのおもちゃが並べられています。

OpenIFSの実習の他,GRIBファイルを扱うためのGRIB-APIの実習がありました。MacPortsでgrib_apiのmaintainerをしているのですが,詳しい使い方は知らなかったので,大変参考になりました。とくにファイルの中身を調べるgrib_lsの機能の豊富さに驚きました。

image

2日目の事例紹介は,教育での利用を中心としたものでした。ヘルシンキ大学のHeikki Järvinen教授は,2009年のクリスマス頃に発生した低気圧Lotharについて,修士課程における,OpenIFSを用いた予報実験の実習について紹介しました。クラスを4つのグループに分け,それぞれ粗度,海面水温,確率的パラメタリゼーション,解像度を変えて実験を行うというものです。学生の実習しては高度なもので,研究者が普段しているような実験です。OpenIFSは最新版に近い現業モデルなので,現実的な予報結果が期待できます。1月中旬から5月中旬まで,週に2時間のクラスとのことです。海面水温を変える実験は,気候値や偏差を加えたもの,全体に1.5度かさ上げしたものを行ったとのことです。日本では,確率的パラメタリゼーションは現況の季節予報には利用されていると思いますが,あまり研究されていないのではないでしょうか。解像度を変える実験では,解像度がT255, T511, 1279でそれぞれ約60, 30, 15 kmに相当します。初期値や境界条件を変える方法が知りたかったので,Järvinen教授や同大学のVictoria Sinclairさんに聞いてみました。初期値はECMWFが作成したもので,境界条件は気候値データを変更したとのことです。初期値にも海面水温は含まれるのですが,こちらは初期から変わらないようです。気候値データは日々のデータが更新される仕組みになっているとのことでした。

2日目には,夕食会がオクスフォード大学のLady Margaret Hallで開催されました。皆でバスに乗り1時間半くらいかけて移動しました。

IMG_0204_1024

3日目は,St Judesのアンサンブル予報実験の結果がまとまり,結果について討論を行いました。ウィンザー城で女王主催の園遊会を中止すべきかどうかという,アンサンブル予報データを利用した確率的強風予測を行い,コストを考慮した確率的な判断を行うという実習もありました。

今後,OpenIFSで好きな初期時刻からさまざまな設定で実験ができるように整備して,NCEP GSMや気象庁GSMとともに教育研究に活用していきたいと思います。