井の中の蛙に大海を教える方法

投稿者: | 2025年3月1日

中下さんと榎本教授による論文がTellus Aに掲載されました。

Nakashita, S. and Enomoto, T. 2025: Flow-dependent large-scale blending for limited-area ensemble data assimilation. Tellus A, 77(1), 1–19. doi:10.16993/tellusa.4089.

数値天気予報では、データ同化によって現在までの観測を予測に取り込んで場を修正し、修正された場から予測を行います。予測モデルでは、現実世界の大気をコンピュータ上で小さなブロックに分割して離散的に計算を行います。豪雨をもたらす対流システムを正確に予測するには、対流システムを構成する数 kmスケールの上昇流を表現できるように、ブロックの大きさを十分小さくする必要がありますが、ブロックを細かくすることは計算量の増加につながります。計算資源には限界があるため、気象庁などの数値予報センターでは、地球全体を比較的粗いブロックに分けて計算する全球モデルと、ブロックを細かくする代わりに、計算する領域を狭めた限定領域モデル(limited-area model)が用いられています。しかし、計算領域を限定すると、実際は地球全体を連続的に流れている大気を分断することになるため、偏西風のような大規模な流れの再現性が低下することがあります。また、領域モデルに対するデータ同化では、計算領域が狭まることで利用できる観測が少なくなり、さらに大規模な流れを再現しづらくなります。これは、井(領域モデル)の中の蛙(対流)大海(大規模な流れ)を知らず、という状況であり、蛙は跳ねるところを間違えやすくなります。

そこで本研究では、この大規模な流れの再現性を改善するために、全球モデルが表現する大規模な流れの情報を、観測と一緒に領域モデルに教える同化手法を新たに考案しました。従来の手法では、全球モデルの情報をあらかじめ決められた割合で領域モデルに混ぜていました。本研究の手法の新規性は、日々の予測の不確かさを複数の予測のばらつきで表現するアンサンブル予測を利用して、全球モデルの情報の不確かさをもとに領域モデルにどのくらい情報を与えるかを動的に決める点にあります。この論文では、大気の運動を模した簡易的なトイモデルによる理想的な実験で、考案した手法を既存手法と比較し、特に領域モデルの計算範囲の中で偏った位置を詳細に観測する場合に、既存手法よりも高精度であることを示しました。

例えば気象レーダーは、対流システムの構造を3次元的に詳細に捉えることができますが、レーダーの周辺の限られた範囲しか観測することができません。また、人工衛星による上空からの観測は近年の数値天気予報において非常に重要ですが、ある種の衛星観測は衛星の直下のみを観測するため、やはり限られた範囲の観測となります。本研究で考案した手法は、このような限られた範囲の詳細な観測を効果的に利用するために有効であるといえます。今後はより現実的な大気の流れを表現できるモデルに適用し、梅雨前線や台風のような大規模な現象に埋め込まれた対流システムの予測に与えるインパクトを検証していきます。

トイモデルを用いた理想的な同化実験における、解析値の誤差の空間スケール分布。横軸は空間スケール(波数)を表し、左側ほど大規模な場の誤差の大きさを示している。黒線は全球モデルの誤差、青線は領域モデルに観測を同化した場合の誤差、橙線は全球モデルと領域モデルの予測を混合した後に観測を同化した場合の誤差、緑線は本研究で考案した新手法の誤差。緑線は波数60以下のほとんどのスケールで他の手法よりも小さな誤差を示しており、本研究の手法が既存の手法よりも高精度であることを意味している。