対流システムに伴う予報誤差の非線型成長

投稿者: | 2025年6月6日

中下さんと榎本教授による論文がGeophysical Research Lettersに掲載されました。

Nakashita, S. & Enomoto, T. (2025). Applicability of ensemble singular vectors to a mesoscale convective system over the East China Sea. Geophysical Research Letters, 52, e2024GL114502. doi:10.1029/2024GL114502

大雨をもたらす対流システムを正確に予測するためには、初期値の不確実性が予測に与える影響を理解することが重要です。アンサンブル感度解析 (Enomoto et al. 2015) は、異なる初期値から行われる複数の予報(アンサンブル予報)の各メンバーのばらつきから、対象とする現象の予報誤差に影響を与える初期時刻の場の特徴(感度)を特定することができます。既存のアンサンブル予報を利用することで、数値気象モデルによる再計算が必要な従来の感度解析手法と比べて、低い計算コストで感度を求められることが利点です。しかしアンサンブル感度解析は、アンサンブルメンバーの平均からのずれが線型に時間発展することを仮定して理論が構築されており、予報誤差の時間発展が強い非線型性を示す場合の有効性は未だ明らかになっていません。この研究では、強い非線型性で特徴づけられる梅雨前線上の対流システムに対して、アンサンブル感度解析が予測誤差に影響を与える感度を特定できるのかを検証しました。特に、数値気象モデルの水平解像度が感度に与える影響と、感度解析から推定される誤差発達と実際の誤差発達との違いを詳細に調べました。

研究の結果から、アンサンブル感度解析は強い非線型性を持つ対流システムに対しても、予測誤差に影響を与える大規模な場の特徴を特定できることがわかりました。この特徴は解像度によらず一貫していましたが、解像度が高くなるにつれて大規模場の特徴だけで説明できる予測誤差の割合が小さくなっていました。これは、高解像度の数値モデルにおける予測誤差の時間発展では、小規模場の感度が与える影響も考慮する必要があることを示唆しています。

高解像度の予測における小規模場の誤差の重要性は、実際の数値モデルにおける誤差発達との比較でも示されました。アンサンブル感度解析から推定された感度を初期時刻の場に与えて予測を行うと、対流システムが発達する位置の近くの予測誤差に影響が現れましたが、その誤差の大きさは感度解析による推定値と数値モデルにおける計算値で違いが見られました(図1)。この違いには主に100 km以下のメソスケールでの誤差発達の違いが影響していることが、運動エネルギースペクトルの解析から明らかになりました。これらの結果から、線型の時間発展を仮定するアンサンブル感度解析は、強い非線型性を持つ対流システムの予測誤差のパターンを精度良く推定できることがわかりました。しかし、その誤差の大きさを精度良く推定するためには、小規模場の非線型性を考慮する必要があると考えられます。

図1 感度解析と数値モデルの予測誤差の比較。感度解析では、灰色の四角形の領域(九州の西側)における予測誤差に影響を与える感度を推定している。中央の2つの図は、推定された感度をプラスとマイナスで初期値に与えて行った数値実験における誤差である。一番右の図は、中央の2つの実験の間の差を示しており、非線型性が顕著に現れている場所を表している。どの実験も灰色の領域で大きなシグナルを示しているため、予測誤差に影響を与える感度が適切に推定できていることがわかるが、振幅が異なっている。Nakashita and Enomoto (2025)のFigure 3に加筆。

近年、機械学習による気象予測の精度が、物理法則に基づく気象予測の精度を上回ることがあると話題になっています。しかしながら、個々の極端現象の予測精度を向上するためには、予測誤差の時間発展とその誤差に影響を与える初期値の不確実性を詳細に理解することが、機械学習モデルでも物理モデルでも重要な研究課題といえます。今回の研究で明らかになった小規模場の誤差発達の非線型性を踏まえて、今後は各空間スケールの初期値の不確実性が予測誤差に与える影響を適切に反映できる感度解析の手法を検討していきます。