榎本准教授のルジャンドル陪函数の計算手法に関する論文

榎本准教授のルジャンドル陪函数の計算手法に関する論文がSOLAに掲載されました。

解説

地球大気の全球シミュレーションには,大気大循環モデルと呼ばれるコンピュータプログラムが利用されます。地球大気の流れが従う物理法則は偏微分方程式で記述されていますが,コンピュータプログラムでは時空間に飛び飛びの値で計算する形式への書き直し(離散化)が必要です。水平方向の離散化では,球面上に格子を配置するとともに,大気の流れを様々な空間スケールの波で表現することができます。球面調和函数は,球面上の波を表現するための函数で三角函数とルジャンドル陪函数との積で表現されます。

計算機性能の向上に伴って,細かい構造を表現するために高次高階のルジャンドル陪函数が利用されるようになりました。例えば,水平方向に10 kmの解像度を得るためには1279までの波数(切断波数)の波が利用されます。ルジャンドル陪函数を3点漸化式で計算した場合,切断波数が1700を超えるとルジャンドル陪函数の値が倍精度の範囲内では不正確になり格子点での値と波の振幅との変換がうまくいかなくなります。榎本准教授は,この問題を解決するために,4点漸化式を用いることが有効であることを示しました(Enomoto et al. 2008)。他方,Fukushima (2011)は,拡張浮動小数点数を用いて3点漸化式でも高次高階のルジャンドル陪函数が計算できることを示しました。

今回の論文では,切断波数が10000を超える場合に4点漸化式を用いた手法に生ずる新たな問題の解決方法を示すとともに,改良された4点漸化式を用いた手法と拡張浮動小数点数を用いた3点漸化式とを比較しています。その結果,改良された4点漸化式を用いた手法は精度の点で,拡張浮動小数点数を用いた3点漸化式は速度の点で有利であることが分かりました。この研究の成果は,精度の良い高解像度大気大循環モデルの開発の鍵となると考えています。

関連論文

謝辞

本研究はJSPS科研費 15K13417の助成を受けたものです。

OpenIFS利用者ワークショップ

image

榎本です。2015年6月10日~12日に英国レディングにあるECMWFで開かれたOpenIFS利用者ワークショップに参加しました。日本からは,筑波大学及びオクスフォード大学の松枝未遠博士も参加されました。

ECMWFはヨーロッパ中期予報センター(European Centre for Medium-range Weather Forecasts)を表していて、ヨーロッパの気象庁のような予報現業機関です。日本の気象庁とは異なり,地球全体の数値天気予報に特化していて,予報期間としては,週間予報より長い期間を担当しています。それぞれの国々の予報は,ECMWFが作成した予報データを利用して各国の予報現業機関が行います。

ECMWFの数値予報モデルは,IFS(Integrated Forecast System, 統合予報システム)と呼ばれています。IFSには,観測データから初期値を作成するためのデータ同化なども含まれています。このIFSから数値予報モデルの部分を取り出して,教育研究用に簡素化したものがOpenIFSです。OpenIFS利用者ワークショップは,OpenIFSを用いた教育の事例紹介や研究成果の報告を行うとともに,OpenIFSや周辺ツールの使い方の講習を行うものです。

初日の冒頭に,研究部門長のErland KällénさんがOpenIFSを開発した背景について紹介してくれました。OpenIFSは,ECMWFで2名の専門職員を配置し2011年から開発が開始されました。コミュニティ領域モデルとして,ヨーロッパではHIRAM,アメリカを中心に世界的にWRFが使われていますが,Källénさんは大学に教授として在任中に,全球モデルにもコミュニティモデルがほしいと考え,ECMWFに移ってからそれを実践したとのことです。OpenIFSを教育研究に用れば,新たなアイディアを試す道具とすることができます。学部生のうちからOpenIFSに親しんでいれば,その中からECMWFに就職する学生も現れるかもしれません。2013年に最初のワークショップがヘルシンキで,2014年にストックホルムで開催され,今回が3回目のワークショップです。今回のテーマは,アンサンブル予報です。

初日は,他に基調講演として,予測可能性分野長のRoberto BuizzaさんがECMWFのアンサンブル予報やデータ同化について,前予測可能性分野長で,オクスフォード大学のTim Palmer教授が予測可能性と高解像度モデルにおける誤差についてのお話がありました。OpenIFSを用いた研究事例として,確率的パラメタリゼーションや1次元海洋モデルとの結合,非静力学方程式系を用いたモデルを念頭に半径を小さくしたり,深い大気を考えたりした研究が紹介されました。

実習では,まず2013年10月27〜28日にオランダに強風をもたらした低気圧(St Judes)の概況について説明を受けました。次にMetviewというECMWFの可視化ソフトウェアの使い方を習って,アンサンブル予報データを解析しました。

IMG_0169_1024

2日目は,まずOpenIFSのソースコードの構成やコンパイルの仕方,実行方法について説明がありました。ただし,全員が一斉にコンパイルすると時間がかるとのことで,すでにコンパイルされたバイナリを用いました。テキストに従ってECMWFのスーパーコンビュータにジョブを投入したところ,うまく動作しませんでした。既定では10日間の予報を行う設定になっているところ,実習では5日間の予報だったためでした。必要な修正をして,皆アンサンブル予報を実行することができました。アンサンブル予報といっても,各自が1メンバーのアンサンブル予報を行い,参加者全員でアンサンブルを構成しました。アンサンブルは初期値だけでなく,確率的パラメタリゼーションにより物理過程にも摂動を加えました。アンサンブルメンバーの番号は,配布されたアヒルのおもちゃの底に書かれた番号が割り当てられました。アヒルはECMWFのマスコットで,ECMWFの玄関前の水場には様々なアヒルのおもちゃが並べられています。

OpenIFSの実習の他,GRIBファイルを扱うためのGRIB-APIの実習がありました。MacPortsでgrib_apiのmaintainerをしているのですが,詳しい使い方は知らなかったので,大変参考になりました。とくにファイルの中身を調べるgrib_lsの機能の豊富さに驚きました。

image

2日目の事例紹介は,教育での利用を中心としたものでした。ヘルシンキ大学のHeikki Järvinen教授は,2009年のクリスマス頃に発生した低気圧Lotharについて,修士課程における,OpenIFSを用いた予報実験の実習について紹介しました。クラスを4つのグループに分け,それぞれ粗度,海面水温,確率的パラメタリゼーション,解像度を変えて実験を行うというものです。学生の実習しては高度なもので,研究者が普段しているような実験です。OpenIFSは最新版に近い現業モデルなので,現実的な予報結果が期待できます。1月中旬から5月中旬まで,週に2時間のクラスとのことです。海面水温を変える実験は,気候値や偏差を加えたもの,全体に1.5度かさ上げしたものを行ったとのことです。日本では,確率的パラメタリゼーションは現況の季節予報には利用されていると思いますが,あまり研究されていないのではないでしょうか。解像度を変える実験では,解像度がT255, T511, 1279でそれぞれ約60, 30, 15 kmに相当します。初期値や境界条件を変える方法が知りたかったので,Järvinen教授や同大学のVictoria Sinclairさんに聞いてみました。初期値はECMWFが作成したもので,境界条件は気候値データを変更したとのことです。初期値にも海面水温は含まれるのですが,こちらは初期から変わらないようです。気候値データは日々のデータが更新される仕組みになっているとのことでした。

2日目には,夕食会がオクスフォード大学のLady Margaret Hallで開催されました。皆でバスに乗り1時間半くらいかけて移動しました。

IMG_0204_1024

3日目は,St Judesのアンサンブル予報実験の結果がまとまり,結果について討論を行いました。ウィンザー城で女王主催の園遊会を中止すべきかどうかという,アンサンブル予報データを利用した確率的強風予測を行い,コストを考慮した確率的な判断を行うという実習もありました。

今後,OpenIFSで好きな初期時刻からさまざまな設定で実験ができるように整備して,NCEP GSMや気象庁GSMとともに教育研究に活用していきたいと思います。

榎本准教授が提案した科研費Bが採択

榎本准教授が研究代表者として提案した「台風進路予測の変動メカニズムの解明」(科学研究費基盤研究B)が採択されました。 研究期間は,平成26年度から5年間を予定しています。 この研究では,台風の進路予測がときに大きく外れる原因について,複数の大気大循環モデルと複数の初期値を使い「たすき掛け実験」などをして調べることにしています。

気象研究所台風研究部コロキウム

宮地さんが気象研究所台風研究部コロキウムで台風の進路予測に関する修士論文について発表しました。 山口宗彦研究官他気象研究所の皆さんにお世話になりました。ありがとうございました。

Title: NCEP-GFSを用いた複数解析値からの台風進路予報実験

Presenter: 宮地哲朗・榎本剛(京大防災研)

Abstract: NCEPの全球予報モデルGlobal Forecast System(GFS)を用いて、NCEP、ECMWF、気象庁の解析値を初期値とした 進路予報実験を行い、進路予報誤差が初期値の違いとモデルの違いによりどのような影響を受けるのかを調べた。

2009年に北西太平洋で発生した22個の熱帯低気圧の平均進路予報誤差は、NCEP初期値の場合に比べ、 ECMWF初期値を用いた場合は改善し、気象庁初期値を用いた場合は悪化した。

台風第20号Lupitの北への転向の予測は、初期値の交換により予測が大きく改善し、初期値の再現性が重要である ことが分かった。この結果は、気象庁のモデルを用いたYamaguchi et al.(2012)の結果と一致する。 Yamaguchi et al.(2012)で予報モデルの重要性が指摘されていた台風第17号Parmaの事例では、 気象庁予測に見られた北進バイアスは、気象庁初期値を用いたGFSによる予測では減少し、予報モデルの違いによる 改善が見られた。しかし、NCEP初期値では見られない北進バイアスが依然残っており、初期値の違いの影響も示唆された。

最後に、初期値の渦成分と環境場成分を互いに入れ替える実験を行い、初期渦の違いが予測誤差に与える影響を調べた。 Parmaの事例では、初期渦の鉛直構造に違いが見られたが、予測進路は環境場成分として用いた初期値の結果とほぼ同じ進路となり、初期環境場の再現性が重要な事例であったと考えられる。

トレーサ移流に関する共著論文2編

球面上のトレーサ移流に関する共著論文2編が出版されました。

Kashimura et al. (2013) SOLA

トレーサ移流で問題になる負値を防ぐために, arcsinフィルタを用いることを提案しています。

  • Kashimura, H. T. Enomoto and Y. O. Takahashi: 2013: Non-negative filter using arcsine transformation for tracer advection with semi-Lagrangian scheme. SOLA9, 125—128, doi:10.2151/sola.2013-028.

Laurizen et al. (2014) Geosci. Model Dev.

二十面体,立方体,緯度経度など様々な球面上の離散化手法を用いたモデルにおいて,トレーサの水平移流の相互比較を行っています。榎本准教授が考案したスペクトル双3次内挿は,解像度を変えた収束性のテストから計算される実効解像度や混合特性の指標等から精度の高い手法であることが示されています。

Discussion paperは2013/9/23に出版されていましたが,2014/1/14にGeosci. Model Dev.に出版されました。

  • Lauritzen, P. H., P. A. Ullrich, C. Jablonowski, P. A. Bosler, D. Calhoun, A. J. Conley, T. Enomoto, L. Dong, S. Dubey, O. Guba, A. B. Hansen, E. Kaas, J. Kent, J.-F. Lamarque, M. J. Prather, D. Reinert, V. V. Shashkin, W. C. Skamarock, B. Sørensen, M. A. Taylor, and M. A. Tolstykh, 2014: A standard test case suite for two-dimensional linear transport on the sphere: results from a collection of state-of-art schemes. Geosci. Model Dev.7, 105—145, 10.5194/gmd-7-105-2014.

数値予報モデル研修

2012年7月12日~8月12日に宮地君がメリーランド大学で数値予報モデル研修を行いました. この研修は, 組織的な若手研究者等海外派遣プログラム(若手研究者大航海プログラム)の支援を受けて行われました。受け入れていただいたのは,メリーランド大学大気海洋学科三好建正准教授(現 理研計算機構)です。2012年9月20日に報告会が行われ,研修の様子を報告してくれました.